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「21世紀のリーダーシップについて」(1) 今道友信

2020年04月02日リーダーシップ

 アスペンセミナーは、「古典に学ぶ」ことを通してリーダーシップを養うセミナーですが、「古典に学ぶ」こととリーダーシップを養うことは、どのように繋がるのでしょうか。
 勿論、この問いへの回答はセミナーを受講した方々が人それぞれに感じ取っていただくもので、一概には言えない深淵なものなのかもしれません。しかし、その問いへのひとつの回答として、「価値理念に基づくリーダーシップ」という考え方を、日本アスペン研究所は掲げています。
 セミナー・テキストの編さんや、セミナーのモデレーターとして、日本アスペン研究所設立当初からご指導いただいた、故・今道友信先生(東京大学名誉教授)は、2003年秋に行われた日本アスペン研究所創立5周年記念「国際シンポジウム」(テーマ:「変化する世界に求められるリーダーシップ」)での基調講演で、この「価値理念に基づくリーダーシップ」について、詳しく語っています。
 この講演を3回に分けてご紹介します。

1. 価値理念に基づくリーダーシップ

dummy故・今道友信 日本アスペン研究所理事・東京大学名誉教授

 ただいまアイザックソンさんから非常に感銘の深いお話を伺いまして、私の申し上げることの結論もまた同じ徳目についてなので、アスペン精神というものを徹底して考えていくとどこかで共通するものに行き当たることが、はっきりとわかりました。

 きょう私は、21世紀のリーダーシップについて考える上で必要なことを3つに分けてお話ししたいと思っています。第1番目は、リーダーの行為を決定づける価値理念のその価値とは何かということ。2番目は変化する世界とは何かということ。そして3番目はそれを踏まえて、21世紀に考えられるリーダーシップの条件とはどんなものかということです。それぞれは別々のことではなく論理的につながっておりますので、そのつもりでお聞きいただきたいと思います。

 まず、われわれの総合テーマである「価値理念に基づくリーダーシップ」で言われる価値とは何か。今日の世俗化された社会で一般に価値という語で人々が思い浮かべることは、ものの値段や貨幣価値、実際的効果に関する有効性などというものです。しかし、もともと哲学の世界では、日本語で価値と訳されているvalueという言葉はラテン語のvalorという名詞と関わりがあり、この名詞はvaleoという動詞、すなわち「健全であること、価値論的意味では卓越していること」という語から派生して、結局bonum(善)と同義なのです。それゆえ、価値はプラトン的な語「イデア」(idea)とつながりを持つ。イデアの語義は、考えずに経験できる普通一般の存在の次元を超えているものということですから、そこに超越性を意識しなければなりません。
 このイデアとしての価値の超越的性格を暗示するために、これまで多くの哲学者が努力していますが、例えば20世紀ではエマニュエル・レヴィナスという哲学者が、プラトンの使った「エペケイナ・テース・ウシアース」という言葉を使って説明しています。それは「存在の次元を超える」ということ、存在のかなたにということです。つまり価値とは、この世界を超越するものということになります。
 そこで、価値理念に基づくリーダーシップとは、利害得失の物質的次元を超えたイデア的価値に基づくものということになります。もとよりリーダーは、この世の競争の修羅場に足を踏まえていなければなりませんが、しかしリーダーの決断の原理を物質世界の中に求めてはならず、浄らかな公正を忘れ地上をはい廻っている物的世界を断然超越した価値の領域において、理念として求められなくてはならないのです。なぜならリーダーは、自らが属する団体が自分たちの利得だけを望むのでなく、できるだけ人類全体の幸福に向かうよう導く責任があるからです。それゆえリーダーとなる者は、精神的ヒントを暗示する哲学的なテキストを読みながら触れ得た、イデアとしての超越的価値理念への憧れを忘れてはならず、それに向かって自らに託された人々の群を導いていかなければならないのです。
 けれども超越的価値は、まさにその超越性のゆえに、地上の具体的な営みに身を粉にして働いている人々に簡単に理解してもらえるものではありません。リーダーが自ら熱望する超越的価値へ人々を導くためにはどうすればよいか。このときリーダーに要求されるのは、高尚な理念の価値と利得のぬかるみの地上的営みの間に、それを結ぶ仲介者を見つけ出すことです。

 では、そのイデア的価値理念と物質的歴史的現実との仲介者とは何でしょうか。それは理想です。日本語でも、理念と理想には違いがあります。理想とは、見えざる価値理念(イデア)の具体的象徴であり、誰もが理念の影として感知し得るものです。それゆえにリーダーは、理想を発見しなければならない。リーダーに必要な第1条件とは、明確な理想を示すことなのです。そして、理想は理念への憧れがなければ出てきません。理念とは、正義そのもの、善そのもの、美そのもののことです。それを自分の仕事の中で具体的な理想として示すとき、初めて理念としての正義が理想としての正義に変わるのです。
 そして理想は勇気を与え、理想を求めて語り合った人々にビジョンをもたらします。ビジョンとは具体的な仕事の理想像、目標形態のことで、ビジョンを伴わない理想は、他人をその実現に向けて動かすことはできません。それゆえ理の当然として、リーダーに必要な第2条件とはビジョンの確定であり、これによって同僚や部下との共同作業の組織化と実行への道が整うわけです。ただし、この最終ビジョンの確定のためには、そのための会議をリーダーはスタッフに対して開くべきであり、その会議でリーダーは最初はよきモデレーターとなる必要がある。アスペンでもそうですが、何より対話が大事で、勝ち負けを決定するディベートよりみんなで求め合うための対話をし、討論を重ねた上で、最終的にリーダーはモデレーターであることをやめて議長となり、自己のリーダーとしての責任において、一つのビジョンの最終確定をしなければならない。そのビジョン決定のための会合が、スタッフの質を高めるだろうし、リーダーの質をも高めることになり、その結果、ビジョン自体がまた力のあるものになってゆくと思います。こ れが、リーダーの第3番目の条件です。

 以上、価値理念に基づくリーダーシップについてまとめると、次のようになります。
 まず知的市民としての共通の予備条件として、ソクラテスの言葉で言う「魂の世話」(エピメレイア・テース・プシューケース)としての哲学を営むこと。具体的には、哲学の古典を読んで、リーダーとしての精神を形成することです。「魂の世話」をすることは市民の知的義務だと思いますが、リーダーとなる人間もまた、市民としてそれらを学び続けなくてはいけないのです。
 その上で、次の3つをリーダーとしての条件として申し上げました。
 第1条件は、理想を明らかに示すこと。理想は理念の具体的な影であって、普通の人々にわかるように訴えることができるものです。第2条件は、その理想に伴って出てくるビジョンの確定です。ビジョンは、理想や目標の風景となって、人々を生き生きとした実践に向かわしめます。第3条件は、ビジョン確定のための議長になること。まずミーティングをスタッフとの対話、討論で進めてゆき、対話 の間はモデレーターの役割を果たし、最後は自己の責任で取りまとめることです。

次回へつづく