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謙虚さが世界を救う(上) ウォルター・アイザックソン氏

2020年05月14日リーダーシップ

 2003年に開催された日本アスペン研究所の創立5周年記念シンポジウムでは、「価値理念に基づくリーダーシップ」について対話が交わされました。前回のコラムでは、基調講演として登壇した今道友信先生による「21世紀のリーダーシップについて」をご紹介しましたが、今回はもうひとつの基調講演、ウォルター・アイザックソン・米国アスペン研究所理事長(当時)による「謙虚さは世界を救う」をご紹介します。

 アイザックソン氏といえば、日本では「スティーブ・ジョブズ」の著者として知られていますが、それ以外にも「ベンジャミン・フランクリン伝」「アインシュタイン伝」「レオナルド・ダ・ヴィンチ」などの伝記の著者であり、また、「タイム」誌編集長、CNN CEOなどを務めたジャーナリストでもあります。
 このシンポジウムでは奇しくも、基調講演のおふたりから、「謙虚さ」という価値の重要さが指摘されました。「謙虚さ」は、現在最も求められているにもかかわらず、最も危機に瀕している価値のひとつではないでしょうか。

成功するために忘れてならないこと

dummyウォルター・アイザックソン 米国アスペン研究所理事長(当時)

 本日は日本アスペン研究所が5周年を迎えたお祝いの日ですが、日本アスペンと私どもとの協力の歴史は、さらに遡って25年以上の長きにわたっております。日本アスペン研究所の常任理事、加藤幹雄さんが初めてアメリカのエグゼクティブ・セミナーに参加されたのは1974年だったと思いますが、それはちょうど当時のフォード大統領がウラジオストックで旧ソ連のブレジネフ書記長(当時)と会う予定だった、非常にドラマチックな時期でした。そのころ世界が直面していた脅威とは、自由主義世界と共産主義世界との対立でしたから。
 その後30年を経て、時代は大きく変わりました。この5年間を遡っても、かなり変化していると言えます。しかし30年間、変わらないものもあります。それはアメリカと日本、両アスペンのメンバーが、パートナーとして、あるいは友人として、共に共通の価値観に基づいて変化する世界で求められるリーダーシップを追究してきた、ということです。
 そして、混乱の続く世界情勢の中で、いまこそ高い倫理観、価値観に基づくリーダ」シップが求められています。それは、ビジネス界においても、私の専門とするメディアの世界でも、国際関係においても同じです。本日はせっかくスピーチの場をいただきましたので、私はその中でも特にある価値観についてお話をしようと思います。

 それは「謙虚さ」という価値についてです。謙虚な心を持つことが、現在のような世界情勢では何より求められているのです。その謙虚さをめぐっては、こんなエピソードがあります。若き日のベンジャミン・フランクリンは、人間が世の中で成功するために必要な価値観というものについて、いくつかのリストをつくりました。そして、勤勉、正直さ、倹約などを含む12項目からなる価値リストをつくり、毎週自分がどれだけ実行できたか、どれだけ身につけることができたかを評価してみました。しばらくして12項目すべてを実現することができたと感じたので、彼はそのリストを自分がつくったクラブ、それはまさにアスペンのようなものでしたが、そのクラブで友人たちに見せたところ、一人にこう言われました。君は大事なことを1つ忘れている、このことは絶対に入れなければいけないよと。それは何かと尋ねると、友人は「謙虚さ」だよ、そのリストにはそれが欠けている、と答えたのです。のちにフランクリンはこう言っています。謙虚さはなかなかマスターできなかった、でも、少なくとも謙虚さを装うことはできるようになった、と。
 そして、謙虚さを装うことも十分に価値のあることで、本当に謙虚でなくても、役に立つことがあると言う。少なくとも、人はそれらしく装うために周りの人の言葉に耳を傾けるようになり、他人の考えることに心を配るようになる。そこに何か共通するところがないかと、相手の価値観と自分の価値観との共通点を見つけるよう努力するようになると。

 私が「タイム」という雑誌に関わっていたとき、ジョージ・W・プッシュが大統領に選ばれました。そこでテキサス州の彼の牧場に行き、長い時間たくさんの話をしたことがあります。特にアメリカの外交政策について、私はアメリカが国家としてあまりに横柄過ぎる、もっと謙虚であるべきだということを口を酸っぱくして言いました。しかし、残念ながら同時多発テロの後、アメリカの外交政策には謙虚さというものが少しも感じられなくなりました。謙虚であることができないのなら、せめてベンジャミン・フランクリンがやったように、らしく装うことはできるはずです。そして、らしくあるために同盟国や他の国々の言うことに耳を傾け、外交政策作成に当たって他国との共通項を見出そうという努力をするべきです。そうなれば、アメリカにとっても非常にプラスになるでしょう。

 謙虚さとは、単に敬意を表するとか、相手におもねる、相手に不快感を与えないように心を砕くことではありません。謙虚であるためには、相互理解、知識の共有といったことが必要なのです。どんな国であっても、どんなに力を持っていても、単独でこの危険な世界を乗り切っていくことはできません。あるいは外交政策にどのような自信を持っていても、パートナー、あるいは同盟国なしにはやっていけないのです。
 しかし、ワシントンにあるアスペン研究所のオフィスでの昼食会にパール元大統領顧問が出席されたとき、私の意見に彼は同意しませんでした。彼はこう言うのです。アメリカにはパートナーはもう必要ない、アメリカには十分力があるので、自己主張もできるし、自分なりの外交政策を実施していくこともできる。そして、他の国にどう思われるかなど気にしなくてもよいと。さらに、マキャベリを引用し、愛されるより恐れられる方が大事だと言い、アメリカがパートナーを持つべきだというのは旧式な考え方だとさえ言いました。彼の発言は、ある意味で正しい面もあるかもしれません。確かにアメリカは十分力を持っているので、一部のものに関してはパートナーがいなくても単独でできるかもしれない。しかし、テロとの闘いに勝つには、やはり他国との協力が必要です。
 同じように、例えば環境の保護・保全、これも単独ではできません。また、大量破壊兵器の拡散を止めること、これも単独では不可能です。やはりどの分野においても、協力してくれるパートナーが必要なのです。
 アメリカが直面している問題は、イラクで戦闘が終結したはずなのにアメリカ軍への攻撃が続いていることで、この間題の解決のためにも、アメリカは謙虚になるべきだと思うし、パートナーが必要だという認識に至るべきだと思います。まさにアメリカは日本に、そういった形でイラクに参加してほしいとお願いしているわけだから。ここにきて多くの国々でますますアメリカに対する反感が高まっているのは、やはりアメリカがもう少し謙虚さを持つべきではないかという世界の人々からのメッセージだと思います。

次回へ続く